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長崎地方裁判所 平成5年(行ウ)1号 判決

原告 山口八郎 外二名

被告 長崎県知事 農林水産大臣

主文

一  被告長崎県知事に対する本件訴えをいずれも却下する。

二  被告農林水産大臣に対する原告らの請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告長崎県知事(以下「被告知事」という。)が、平成四年六月九日付けで長崎県央開発株式会社(以下「県央開発」という。)に対してなした、長崎県諫早市真崎・破籠井地区における仮称ウエストヒルズカントリークラブ(以下「本件ゴルフ場」という。)に関する林地開発許可申請書の受理処分を取り消す。

二  被告知事は、県央開発がなした本件ゴルフ場に関する林地開発許可申請を不許可とせよ。

三  被告農林水産大臣(以下「被告大臣」という。)が平成四年一〇月二六日付けでした、原告ら提出の審査請求を却下する旨の裁決は、これを取り消す。

第二事案の概要

一  本件は、本件ゴルフ場開発に関する林地開発許可申請(以下「本件申請」という。)を被告知事が受理したこと(以下「本件受理行為」という。)に関し、右ゴルフ場予定地の近隣に土地を所有するなどしている原告らが、、被告知事に対し右受理の取消しと開発行為の不許可を、被告大臣に対し受理取消しを求める審査請求を却下した裁決(以下「本件裁決」という。)の取消しを請求した事案である。

二  争いのない事実等

1  原告らは、いずれも諫早市内に居住し、本件申請地の近隣の土地(諫早市大字眞崎本村名江副頭又一二番原野一九平方メートル)を共有している。

2  本件受理行為及び本件裁決に至る経緯

(一) 諫早市は、本件ゴルフ場開発を含む諫早市西部地域開発計画を策定し、右計画を推進するために県央開発が設立された。

(二) 県央開発は、平成二年一〇月三〇日、長崎県知事に対し、同月二二日付けで長崎県土地利用対策要綱に基づく事前協議申出書を提出した。

被告知事は、右事前協議は森林法に基づくものであり、平成元年から行なっており、後述する改正開発許可基準の経過措置を適用することに問題はない旨の発言をしている。

(三) 被告知事は、平成四年六月九日、県央開発から提出された森林法一〇条の二に基づく本件申請を受理した。

(四) 横尾勝也、中村一及び原告らは、本件受理行為の取消しを求めて、被告大臣に対し、同年七月二〇日付け審査請求書を提出し(以下「本件審査請求」という。)、被告大臣は、同月二二日これを受領した。

(五) 被告大臣は、右審査請求書について、書類審査を行なったうえ、同年一〇月二六日、「本件受理は森林法一〇条の二第一項に規定する開発行為の許可の申請書を受領したというに過ぎず、行政不服審査法四条に規定する処分に該当しない」との理由で本件審査請求を却下した。なお、被告大臣は、右裁決にあたり、原告ら請求人を審尋しなかった。

3  森林法(以下「法」という。)一〇条の二の開発許可の手続(長崎県林地開発許可事務処理要領に基づく)(乙第一号証)

(一) 法一〇条の二に基づく林地開発の許可(以下「林地開発許可」という。)を受けようとする者は、申請書に開発行為に係る森林の位置図、区域図、開発行為に関する計画書、開発行為に係る森林について当該開発行為の施行の妨げとなる権利を有する者の相当数の同意を得ていることを証する書面及び許可を受けようとする者が法人である場合には当該法人の登記簿謄本を申請書に添えて、当該開発地域を管轄する振興局長、支庁長又は長崎林業事務所長(以下「地方機関の長」という。)を経由して、知事に提出する(法施行規則八条の二)。

(二) 地方機関の長は、当該申請書に必要な添付書類が添付されているかを書類審査し、審査に必要な内容が具備されているとき、これを受理する。

(三) 地方機関の長は、申請を受理したときは、開発行為に対する関係市町村長の意見を聞き、その内容が開発行為の許可要件を充たしているか否かについて、国の「開発行為の許可基準」に基づき速やかに予備審査を行なう。予備審査の結果、開発行為の許可基準に適合すると認めたときは、地方機関の長は知事に進達する。

(四) 知事は、進達を受けたときは、必要に応じて森林の保続培養及び森林生産力の増進に留意して(法一〇条の二第三項)、現地調査を含め法一〇条の二第二項各号に定める事項について審査し、県森林審議会及び関係市町村長の意見を聴いて、法一〇条の二第二項各号のいずれにも該当しないと認められる場合に、開発を許可する(法一〇条の二第一項)。

4  林地開発許可の審査基準の変更(甲第六号証、第一二ないし第一四号証、第三二号証)

(一) 林地開発許可は、従来、「開発行為の許可基準の運用について(昭和四九年一〇月三一日付け林野企第八二号農林事務次官依命通達)」及び「開発行為の許可基準の運用細則について(昭和四九年一〇月三一日付け四九林野治第二五二一号林野庁長官通達)」(以下「旧基準」という。)により運用されていた。

(二) 林野庁は、「保安林及び保安施設の指定、解除等の取扱いについての一部改正並びに保安林の転用に係る解除の取扱い要領の制定及び開発行為の許可基準の運用細則の一部改正について(平成二年六月一一日付け二林野治第一八六八号林野庁長官通達)」(以下「本件通達」という。)により、前項の許可基準を改正した(以下「新基準」という。)。右改正により、許可基準が厳格化され、ゴルフ場開発の許可要件として、開発行為の妨げとなる権利を有する全ての者の三分の二以上の者から同意を得ており、その他の者についても同意を得ることができると認められること、及び周辺部、ホール間ともに残置森林及び造成森林の幅がおおむね三〇メートルであること等が必要となった。

(三) 本件通達は、新基準の適用について経過措置を設け、本件通達及び「改正許可基準等の運用に当たっての留意事項について(平成二年七月三日付け二―二〇林野庁治山課長通達)」により、新基準は、通達施行日(平成二年六月一一日)以降に申請されたものに適用されるが、都道府県等の要綱等に基づく土地開発事業に係る事前協議等をおおむね了しているもの(林務担当部局が事業計画の内容審査を了しており、残置森林の割合、配置等について具体的に指導、調整等がなされている事案)で、事前協議等の結果に従った内容の事前実施計画により、平成四年六月一〇日までに申請手続を行なうものについては、旧基準により審査することとされている。

なお、開発行為に係る森林の面積が二〇ヘクタール以上の場合、右経過措置の運用につき、通達施行日以降六か月以内の間に林野庁治山課と協議調整するものとするとされている。

二  本案前の申立て及び本案に関する争点

1  本件受理行為の処分性

(原告ら)

本件受理行為がなされたことにより、本件申請は旧基準により判断されることになるのであるから、本件受理行為は旧基準の適用という法的効果をもち、行政事件訴訟法三条二項の「処分」に当たる。

(被告知事)

本件受理行為は、単に申請書を受理したに過ぎず、これによって、直接国民の権利義務が形成され又はその範囲が確定されるものではないから、取消訴訟の対象となる処分性を有していない。

2  林地開発不許可請求の訴えの適法性

(被告知事)

本件訴訟は、行政庁に作為を義務付けるものであるが、このような請求が許されるのは、行政庁の第一次判断権を侵害せず、かつ事前救済の必要性があり、他に救済方法が存在しない場合に限られるところ、本件請求は、被告知事の判断権を侵害するものであるし、原告らは開発許可処分の取消しを求めるなどして争うことができるのであるから事前救済の必要性もない。

3  本件裁決の違法性

(原告ら)

本件裁決が、本件受理行為を行政不服審査法四条の処分に該当しないとしたのは誤りであるし、被告大臣が本件裁決に際し、原告ら請求人を審尋しなかったことは、同法に反し違法である。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件受理行為の処分性)について

1  原告らは、法一〇条の二に基づく林地開発許可の申請を受理した本件受理行為が、行政事件訴訟法三条二項の規定する取消訴訟の対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(以下「行政庁の処分」という。)に当たると主張する。行政事件訴訟法上の取消訴訟は、公権力の主体である行政庁が法の認めた権限に基づいて行なう行為には、私人に対しその効果を強制し、権限のある行政庁又は裁判所が取り消さないかぎり、私人がその効果を否定できないような法的効果を有するものがあるため、右のような法的効果を排除するために設けられた訴訟制度であるから、取消訴訟の対象となる行政庁の処分とは、行政庁がその優越的な地位に基づき公権力の発動として行なう行為のうち、その行為により直接私人の権利義務を形成し又はその範囲を確定する等私人の権利又は法律上の利益に影響を及ぼすことが法律上認められているものをいうと解すべきである。

2  そこで、本件受理行為につき、右のような処分性が存するかを検討する。

争いのない事実等3のとおり、長崎県においては、法一〇条の二に基づく林地開発許可申請は地方機関の長を経由して被告知事に提出されるため、許可申請の受理は、具体的行為としては地方機関の長により行なわれる。地方機関の長は、申請書につき、添付書類の欠落等の形式的な不備がないかを審査し、右不備がない場合には申請を受理するのであり、当該申請が法の規定する許可基準を充たすか否かは、その後、地方機関の長による予備審査及び許可権者である被告知事により判断される。このような手続の下では、申請の受理は、行政庁として申請書類に形式的な不備がないことを認め、申請者に対し、当該申請に対する判断を行なう意思を表明するにとどまり、申請者を含め私人の権利又は法律上の利益に影響を及ぼす効果を有するものとは認められない。

原告らは、本件受理行為により林地開発許可審査が旧基準により行なわれるという法的効果が発生し、これにより原告らの権利ないし法律上の利益が侵害されると主張するけれども、本件申請を旧基準により審査すること自体は、何ら私人の権利又は法律上の利益に影響を及ぼすとは認められない。

なお、県央開発が、本件ゴルフ場開発に関し、長崎県土地利用対策要綱に基づく事前審査の申出を行なったことは争いのない事実等2(二)のとおりであるところ、右事前審査は、申出書を開発区域が所存する市町村の長に提出し、所在市町村長が、書類の形式、添付図書等の審査及び当該事業計画の内容の検討を行い、当該開発行為の適否等についての意見を付して知事に進達し、その後知事が事前指導を行なうとの手続で行なわれる(甲第四四号証)が、右要綱は林地開発許可申請等との関係について規定しておらず、各種法規に基づく申請に対しては改めて審査が行なわれると解されるから、右要綱に基づく事前審査の存在も処分性についての前記判断を覆すものではない。

3  以上によれば、本件受理行為は取消訴訟の対象となる行政庁の処分に該当しないから、右行為の取消を求める訴えは不適法である。

二  争点2(不許可請求の訴えの適法性)について

1  原告らは、被告知事に対し、本件申請を不許可とすることを求めているところ、林地開発許可を不許可とする行為が公権力の行使に当たることは明らかであるから(法一九一条)、右訴えは、行政庁に対し、公権力の行使としての特定の作為を請求するものである。

行政庁に対し作為又は不作為を求める給付訴訟については、行政事件訴訟法上何らの規定もないが、私人の権利保護及び三権分立主義の双方を考慮すれば、行政庁に一定の作為又は不作為を命じても、行政庁の第一次判断権を害することがなく、他方、司法による事前審査を認めないことにより回復しがたい損害を生じ、かつ現行法上他に適切な救済方法がない場合には、右給付訴訟を提起することができると解すべきである。

2  訴訟により本件申請を不許可とすることが命じられても被告知事の本件申請に対する判断権が侵害されないというためには、被告知事の右判断が法律上覊束されているか、判断権の行使を待つまでもなく被告知事のなす行為の内容が一義的に明白であることを要する。

そこで、この点を検討するに、被告知事は、法一〇条の二第二項各号の開発行為の不許可事由が存在しないと認める場合には許可を行なうことを要するが、右不許可事由はいずれも抽象的な内容のものであり、その存否の判断は開発行為が周辺地域に及ぼす影響等将来の展望を踏まえ、専門的・政策的に行なわれることになるから、右判断の裁量の幅は広く、法律上覊束されているとは認められない。また、前記一2で述べたように、本件受理行為がなされたことを許可処分がなされたと同視することはできないし、許可処分がなされることが一義的に明白であると認めるに足りる事情も存しない。

そうすれば、本件受理行為がなされたに過ぎない現段階で、被告知事に対し、本件申請を不許可とすることを命ずるのは、右被告の第一次判断権を侵害することになるので、本件訴えは不適法である。

三  争点3(本件裁決の違法性)について

1  原告らは、本件受理行為が、行政不服審査法四条の「処分」に該当しないことを理由として、原告らの本件審査請求を却下した本件裁決は違法であると主張するところ、同法一条が規定する行政不服審査制度の目的に照らせば、同法にいう処分とは、行政事件訴訟法上の取消訴訟の対象となる行政庁の処分と同様、行政庁がその優越的な地位に基づき公権力の発動として行なう行為のうち、その行為により直接私人の権利義務を形成し又はその範囲を確定する等私人の権利又は法律上の利益に影響を及ぼすものをいうと解すべきである。

そうすれば、前記一で述べたところから、本件受理行為は行政不服審査法にいう処分に該当しないので、これを理由として本件審査請求を却下した本件裁決は相当である。

2  原告らはまた、被告大臣が原告らを審尋せずして裁決をなしたことは違法であると主張し、甲第一号証によれば、原告らは本件審査請求書に「審尋」を希望する旨記載したことが認められる。

原告らの申立ては、行政不服審査法三〇条の審尋を行なうよう申し立てたものであると解されるところ、同条の目的は、審査庁が審尋により請求人の主張を明確にし、主張の裏付けを取るための立証をさせることにあり、右目的と同条の文言を併せ考えると、審尋を行なうかどうかは審査庁の裁量に委ねられていると解される。したがって、右裁量を逸脱したと認められるような事情がある場合は格別、審査庁が請求人の審尋の申立てに応じなかったことは何ら違法ではない。そして、審査請求を却下することが相当な本件においては、審査庁の裁量逸脱を窺わせるような事情は存しない。

また、仮に、原告らの「審尋」を希望するとの記載が、同法二五条一項但書の口頭意見陳述の申立てであると解されるとしても、審査請求が不適法であり、かつこれを補正できないことが一見して明白である場合には、請求人に手続保障をすべき必要性がないから、右但書の規定を適用する余地はないと解するべきところ、1で説示したように、本件審査請求は不適法であり、かつそれを補正できないことは一見して明白であったといえる。

したがって、本件裁決の手続に違法はなく、本件裁決は適法である。

四  以上によれば、原告らの本件訴えのうち、被告知事に対するものはいずれも不適法であり、被告大臣に対する訴えに係る請求は理由がない。

(裁判官 江口寛志 大島明 岩佐真寿美)

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